この記事の目次
朝、声をかけると返事はある。ただ、口元が乾き、唇に薄い汚れが残っている。朝食後にはきれいにするつもりでも、食べる前から口の中の状態は始まっています。
高齢者の口腔ケアは、食後の歯磨きだけを指しません。起床時に乾燥や痛みを見て、食前に義歯や飲み込みの様子を確かめ、食後に食べかすと歯垢を落とし、就寝前にその日の汚れを残さない。目指すのは、家族も介護職も無理なく続けられる一日の流れ。
始める前の観察が要ります。厚生労働省「原則として医行為ではない行為に関するガイドライン」は、日常的な口腔内の清掃を始める前に、本人の様子、咳やむせ、口の中の異常を見るよう示しています。出血、歯肉の腫れ、歯のぐらつきなどがあれば、歯科医師などの医療職へ報告する扱いです。
この記事で扱うのは、日常の観察と清掃です。歯周病の重さ、痛みの原因、義歯の適合、飲み込みの安全性を家庭や介護職だけで診断しません。歯科診断と治療方針は歯科医師が、食べ方や飲み込みを含む医療上の判断は医師、歯科医師、看護師、言語聴覚士などが個別に行います。
始める前に 道具と姿勢をそろえる
用意する物は、その人に必要な分だけにします。道具が多いと、途中で持ち替えるたびに本人を待たせることになります。
- 本人用の歯ブラシ
- うがいと道具のすすぎに使うコップ
- 口元や汚れを拭くガーゼ
- 口腔粘膜の清拭に使うスポンジブラシ
- 義歯がある人は義歯用ブラシ、落下に備える洗面器、保管容器
- 胸元を守るタオルと、観察内容を残す記録用具
用途を混同しません。スポンジブラシは、歯ブラシの代わりに歯垢を落とす道具ではありません。うがいが難しい人の頬の内側、上あご、舌などを清拭するときに使います。水分を含ませた後は滴らないまで絞る。使用前後の点検も必要です。
姿勢は座位が基本です。椅子や車いすでは足元と背中を安定させ、あごが上がらない位置に整えます。ベッドでは、可能な範囲で上体を起こし、顔を横へ向けます。
水を流し込まない姿勢です。上体を起こせない人は、横向き、または仰向けのまま顔を横へ向けます。湿らせて十分に絞った道具で少しずつ拭き取る。普段から安全にうがいできない人へ、寝たままコップの水を含ませることは避けます。
歯の本数だけで道具は決まりません。残っている歯の位置、義歯の形、乾燥、手の動き、うがいの可否を見る。必要なら、歯科医師や歯科衛生士に選び方を教わることが大切です。
| 口の状態 | 主に清掃する所 | 道具と介助の考え方 |
|---|---|---|
| 歯がある人 | 歯の表裏、かむ面、歯と歯肉の境目、舌と頬の内側 | 歯は歯ブラシで弱い力で磨く。奥歯、歯の間、歯肉との境目を見落とさない |
| 歯が少ない人 | 残った歯の周囲、露出した根元、歯のない歯肉、舌、頬、上あご | 残った歯には歯ブラシを使い、粘膜は十分に湿らせたガーゼやスポンジブラシで清拭する |
| 義歯の人 | 義歯の表裏と金具、残った歯、義歯が触れる歯肉や上あご | 教わった方法で義歯を外して別に洗い、口の中も清掃する。外れにくいときは引っ張らない |
起床時 乾きと夜間の汚れを持ち越さない
起床時は、口を開けてもらう前に表情と呼吸を見ます。いつもより反応が乏しい、咳が続く、呼吸が苦しそうなときは、歯磨きを始めません。強い息苦しさ、会話ができない、顔色不良、反応の低下があれば119番通報し、それ以外は施設の看護職または家庭のかかりつけ医療職へ速やかに連絡します。
前日との差を探します。唇の乾燥、口臭の変化、唾液の量、出血、腫れ、口内炎のような傷、義歯のずれを目で見る。診断名を付けるためではなく、歯科へ伝えるための観察です。
乾いた所から始めます。本人が自分で安全にうがいできるなら、口をすすいでから歯を磨く。難しい人は、スポンジブラシやガーゼを湿らせ、余分な水分を絞ります。粘膜へ強くこすりつけず、口唇、頬の内側、上あごをゆっくり湿らせます。
歯がある所は、毛先を歯の表面へ当て、奥から手前へ進めます。鉛筆を持つように握ると力が入りすぎにくくなります。痛がる、出血が増える、歯が動くときは中断し、歯科医師へ相談するために場所と様子を記録します。
舌は、見える範囲を奥から手前へやさしく清掃します。のどに近い所まで器具を入れると吐き気を誘うため、無理に奥へ届かせません。舌の汚れを一度で全部取ろうとせず、本人の表情と呼吸を見ながら進めます。
説明のために条件を置いた例です。自分で座れてうがいもできる人が、朝だけ口の乾きを訴えるとします。家族は水を何度も飲ませて解決しようとせず、乾く時間帯、口臭、薬の変更、食事中のむせを記録する。日中は乾きが軽くなるのか、痛みや出血が加わるのかも一緒に残します。その記録を歯科医師や医師へ渡し、本人の病気と服薬を踏まえて、乾燥の原因や保湿方法を判断してもらう流れです。
食前 食べ始められる口かを確認する
毎回同じ磨き方はしません。食前に、食後と同じ歯磨きを繰り返す必要はないからです。日本歯科医師会「読売新聞 第9回『デンタルヘルス・シリーズ』シンポジウム 来場者の主な質問に対する回答」は、食べかすや歯垢を落とす歯磨きは基本的に食後でよいとしています。
それでも食前に口を見る意味はあります。義歯が正しい位置にあるか、前の食事や服薬後の残りがないか、口が乾いていないか、痛む所がないかを確認できます。食事中のむせが増えている日は、普段と同じ介助を始める前に医療職へ相談する手掛かりにもなります。
食前にすることは短くて構いません。
- 本人が目を開け、呼びかけに反応できるかを見る
- 唇、舌、頬に乾燥や傷がないかを見る
- 義歯が浮く、外れる、痛むといった訴えがないか聞く
- 前回の食べ物や薬が口の中に残っていないかを見る
- 食事前の体操を教わっている人は、その人向けの手順だけを行う
組み合わせは個別です。厚生労働省「介護予防マニュアル 第4版」は、口腔体操、口腔清掃、食事姿勢などを、本人の状態に応じて組み合わせる考え方を示しています。新しい嚥下訓練を記事だけで始めず、すでに歯科医師や言語聴覚士から教わった内容を使います。
口腔ケアだけでは決めません。食形態や一口量を担当者だけで変えないことも欠かせません。
むせや食後の声が気になるときは、高齢者の誤嚥とお粥の記事も、観察内容を整理する補助になります。実際の食形態は専門職が個別に判断します。
食後 歯、粘膜、義歯を分けて清掃する
残りやすい場所があります。食後は、食べかすがどこにあるかを見てから道具を入れます。頬と歯肉の間、上あご、舌の下、奥歯の外側、義歯の裏側は、正面から見ただけでは気づきにくい場所です。
先に声をかけます。姿勢を整え、本人へ今から口をきれいにすることを伝える。いきなり唇を引いたり、歯ブラシを差し込んだりすると、驚いて口を閉じることがあります。
歯がある人は、歯の外側、かむ面、内側の順に、奥から手前へ磨きます。歯と歯肉の境目は弱い力で小刻みに動かします。歯間ブラシなどは、太さや通し方が合わないと歯肉を傷つけるため、歯科専門職に選んでもらった物を教わった方法で使います。
残った歯には歯ブラシです。歯が少なくても、スポンジブラシだけで済ませません。歯のない歯肉、頬の内側、上あご、舌は別に清拭する。スポンジに汚れが付いたら口の外ですすぎ、再び十分に絞ることが必要です。
汚れは外へ出します。うがいができない人では、歯ブラシで崩した汚れを口の奥へ流さない配慮が要る。日本歯科医師会「要介護者への口腔ケア」は、水分の多いスポンジや綿棒、多量の水や洗浄剤がのどへ落ちるおそれを示しています。歯ブラシを途中で洗い、ガーゼなどで回収します。
説明のために条件を置いた例です。残っている歯が少なく、ベッド上で過ごし、うがいができない人を想定します。上体を起こせる範囲で起こし、顔を横へ向け、あごを上げない。歯は小さく動かした歯ブラシで磨き、粘膜は滴らないスポンジブラシで拭きます。途中でむせや咳が出たため、介助者はいったん道具と汚れを口の外へ出したとします。姿勢と呼吸を見て医療職へ連絡し、再開の可否を聞く。最後まで磨くことより、その日の安全を優先する場面です。
義歯は口の外と中を別に洗う
義歯は、本人へ声をかけ、これまで歯科で教わった方法で外します。部分義歯は形や金具の位置が人ごとに違います。外れにくい義歯を力任せに引かず、痛みや抵抗があれば中止します。
落下への備えが先です。洗面器に水を張るか、タオルを敷き、その上で洗います。流水を当てながら義歯用ブラシで磨き、裏側、くぼみ、部分義歯の金具の周囲を見る。熱湯や歯磨き剤は、変形や傷の原因になるため使いません。
口の中も別に洗います。義歯を外した後は、残った歯と、義歯が触れていた歯肉や上あごも清掃する。義歯だけを洗って終えると、粘膜や残った歯の汚れが残ります。
義歯洗浄剤は口の中で使いません。洗浄中の容器は飲み物のコップと分け、本人が誤って口へ運ばない場所に置きます。使用時間、すすぎ方、使用できる義歯の材質は表示と歯科医師などの指示に従います。
無理のない時間を選びます。アースサポートでは、できる範囲で毎食後に義歯を外して洗浄します。入浴中に「義歯もきれいにしておきましょう」と声をかけて洗うこともあります。
痛みを我慢して使い続けません。義歯が歯ぐきに当たる、傷や腫れがある、以前より外れやすい場合は、安定剤だけで様子を見続けず歯科へ相談します。口の形や義歯の適合は変化するため、定期的な確認が必要です。
義歯の痛みで食事が進まない
ここでは、対応の流れを分かりやすくするために条件を置いて考えます。普段は義歯を着けて食べている人が、夕食になると箸を止め、右側でかむたびに顔をしかめた場面です。家族は初め、食欲が落ちたのだろうと一口の量を減らしました。しかし、量を変えても表情は同じです。痛みが先かもしれません。そこで食事を無理に続けず、本人に尋ねてから、これまで歯科で教わった方法で義歯を外しました。義歯と口の中を見ても、家族だけで原因は決めません。その晩は装着を繰り返さず、食べられた量、痛む側、傷や腫れが見えたかを記録し、歯科へ連絡しました。受診までの義歯の扱いを歯科に確認できたため、本人に我慢を重ねさせず、観察した内容を持って相談へ進めた、という想定です。
就寝前 一日の汚れと義歯の状態を確認する
就寝前は、その日の中で丁寧に清掃しやすい時間です。日本歯科医師会の同シンポジウム資料は、就寝中にむし歯や歯周病の原因となる細菌が増えるため、就寝前の歯磨きを勧めています。
一度に終えなくても構いません。本人の疲れが強い日は、長く続けるほど良いわけではないからです。夕食後に歯と義歯を清掃し、就寝前は乾燥、出血、義歯の外し忘れを見るなど、負担を分ける方法もあります。
順番を決めると迷いません。明るい場所で口の中を見る、歯を磨く、粘膜と舌を清掃する、汚れを口の外へ出す、道具を洗って乾かす、変化を記録する、の順です。歯ブラシやスポンジブラシは本人専用とし、使用後の洗浄と乾燥が必要です。
義歯を夜間に外すか、装着を続けるかは一律に決めません。一般には歯肉を休ませるため外して水中保管する方法がありますが、義歯の種類、口の状態、誤飲の危険、治療上の理由によって指示が異なります。歯科医師の個別指示を優先します。
専用容器を使います。外して保管する指示がある場合は、本人が飲み物と間違えない場所に置く。乾燥させるか水中で保管するか、洗浄剤へ浸けるかも、材質と歯科の指示に合わせます。
説明のために条件を置いた例です。部分義歯を使い始めた人が、夜に外すと翌朝の装着で迷うとします。家族だけで外す順番や保管法を決め直さず、義歯のどこを持つか、夜間は外すか、容器には何を入れるかを歯科医師や歯科衛生士に実物で尋ねる。翌朝も家族が同じ手順を再現できるよう、その場で一度やってみます。分からない動作を残さず、最終的な扱いは歯科医師の個別判断に従うケースです。
うまくいかないとき 完遂より安全と記録を優先する
拒否には理由があります。眠い、痛い、口の中を触られるのが怖い、何をされるか分からない、介助者の手が冷たい。正しさを説明し続けても、進まないことがあります。
力で開けません。拒否があれば、腕を押さえたり、器具で口をこじ開けたりしない。いったん手を止め、痛む場所、義歯の当たり、時間帯や介助者を変えた反応を見る。呼吸や意識に問題がなければ、短い清掃を別の時間に分ける方法もあります。
問いかけは一つずつです。本人に見える所で歯ブラシを示し、「口の中を見てもよいですか」「前歯から少しだけにしますか」と尋ねる。返事や表情を待ち、口が開いた瞬間に急いで奥へ入れません。
その場で迫りません。時間を置いて担当者や声のかけ方を変え、本人が受け入れやすい場面でもう一度試します。
目的は短く伝えます。歯科から口の状態を見るよう依頼されている場合でも同じです。痛みや義歯の不具合が拒否の原因になっていないかを見ることも欠かせません。
口を開けてもらえない夜
ここでは、口腔ケアを拒む場面を整理するために条件を置いて考えます。夕食後はいつも歯を磨ける人が、その夜は顔を背け、唇を固く閉じた場面です。家族が「すぐ終わるから」と何度も歯ブラシを近づけると、手で払いのける動きが強くなりました。無理には続けません。いったん道具を片づけ、表情、呼吸、食事中のむせ、口元を触ったときの反応を見ます。少し時間を置き、別の家族が歯ブラシを本人に見せて「前だけでもよいですか」と一つだけ尋ねました。それでも開口がなければ、その夜は中止です。できなかった範囲と痛みを疑う様子を記録し、翌朝の落ち着いた時間に再び声をかけたところ、前歯の清掃だけ受け入れられました。時間や担当者の変更が必ず効くわけではありませんが、力で完遂するより、拒否が強まった経過を残して歯科や支援者へつなぐ材料になります。
スポンジブラシで解決しようとしない
押し込まないことが基本です。口が開きにくくても、スポンジブラシを歯と頬の隙間へ入れない。十分に湿らせて絞り、見える範囲を奥から手前へ清拭します。スポンジの劣化、軸との緩み、強くかむ様子があれば使用を中止します。
歯の汚れは歯ブラシで落とすのが基本です。スポンジブラシで粘膜をぬぐうことと、歯垢を除くことを分けます。口が開かず歯へ届かない日が続くなら、家族や介護職の技術だけの問題と決めつけず、痛みや義歯の不具合を歯科へ相談します。
むせたら水を足さない
咳やむせは中止の合図です。声が急に湿る、呼吸が苦しそうになる場合も同じです。口の中へ水を追加せず、汚れと器具を外へ出す。安全な姿勢が必要です。
施設では看護職へ直ちに連絡します。家庭では、息苦しさや反応の低下があれば救急要請を含めて対応し、落ち着いていても普段の医療職へ状況を伝えます。再開の可否と方法は専門職が判断します。
出血、腫れ、痛み、口臭の変化を歯科へつなぐ
歯科へ伝える変化があります。同じ場所からの出血、歯肉の腫れ、歯の動き、治らない傷、義歯の痛み、急な口臭です。家庭で病名を決める材料ではありません。
時系列で残します。いつから、どの場所に、どの場面で起き、食事や会話へどんな影響があったかを書く。口の写真を残す場合は本人や家族の同意を得て、共有先と保管方法を決めます。
表情にも痛みが出ます。「歯が痛い」という訴えだけでなく、食事中にかみにくそうにする、顔をしかめるといった変化を見る。職員が口の状態と食事への影響を記録し、歯科へ連絡します。
相談後は指示が基準です。ケアや義歯の扱いは、歯科から受けた内容に沿った職員間の共有が必要です。
通院が難しい人にも窓口があります。久留米の訪問歯科の相談方法で確認できます。
地域の相談先です。久留米歯科医師会 口腔管理推進室の公式ページでは、歯科衛生士が口腔ケアの方法や訪問診療について相談を受け、必要に応じて歯科医院の紹介や訪問相談につなぐと案内しています。
症状がなくても機会はあります。歯科健診は、口の状態を専門職と見る場です。
制度の対象も確認できます。久留米市の制度については、2026年度の後期高齢者歯科健診をご覧ください。日常の異変があるときは、健診の時期を待たず歯科へ相談します。
記録は長文でなくて構いません。口を開けられたか、どこを清掃できたか、出血や痛みがあったか、むせなかったか、義歯をどう扱ったか。この流れがあれば、次の介助者と歯科専門職が同じ状態から考えられます。
本文で確認した一次情報
- 厚生労働省「原則として医行為ではない行為に関するガイドライン」(令和6年度老人保健健康増進等事業、2025年3月)https://www.mhlw.go.jp/content/001489487.pdf(2026年8月20日確認)
- 厚生労働省「介護予防マニュアル 第4版」(令和4年3月)https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_25277.html(2026年8月20日確認)
- 日本歯科医師会「読売新聞 第9回『デンタルヘルス・シリーズ』シンポジウム 来場者の主な質問に対する回答」(2011年)https://www.jda.or.jp/info/2011_04.html(2026年8月20日確認)
- 日本歯科医師会「要介護者への口腔ケア」(公開年記載なし)https://www.jda.or.jp/park/dentistwork/carerecipients.html(2026年8月20日確認)
- 久留米歯科医師会 口腔管理推進室「久留米歯科医師会 口腔管理推進室」(公開年記載なし)https://kurume-oral.com/(2026年8月20日確認)
- 日本歯科医師会「入れ歯があたって痛い」https://www.jda.or.jp/park/rescue/index08.html(2026年8月21日確認)
明日、就寝前に口を開けられたかだけを一行で残してください。やることは一つです。
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親御さんの暮らしや施設選びについて、現在の状況とご希望を伺いながら選択肢を整理します。



